この時私は、自分の後ろを振り返って見た。そこに、絶えず執拗に流れに逆らって進んでいく無数の小舟を見出した。と同時に、私は岸のことを思い出した。櫂のあることを思い出した。自分の進路を思い出した。そこで私は流れを遡って、岸の方へと漕ぎ出したのであった。
岸はすなわち神であり、進路は伝説であり、そして櫂は、岸に漕ぎ着くため、すなわち神と合致するために、私に与えられた自由であった。
こうして生の力が私の内部に復活した。(トルストイ『懺悔』P103)
流れとは大多数の人の生き方を悪を表し、逆って進む小舟とは覚醒した私、覚醒した人々を表す。岸とは神と合一する地点であり、進路にある伝説とは到達しようと挑んできた過去の人々の歴史であり生きかたであり、櫂は岸へと進む魂であり、生きようとする気である。私に与えられた自由とは、魂を善くすることも悪くすることも自分次第という意味である。
私は私のトランスジェンダーをおのれの罪と罰からだけ考えていたが、それは間違っていた。トランスジェンダーは「私の櫂」である。これまで60年間の悪い流れに逆らって生きなおす道具である。性差を超えることはあらゆる人は平等であると伝えるメッセージであり、トランスジェンダーという性の倒置で社会常識を変えることは、性差や格差や人種差別や、それらへのあきらめが蔓延する社会の流れに逆らうことである。男と女の間を行き来して生きることは、どちらにも等距離をもち、正しく人を愛する作用である。中間であることは武器である。体の美を求めることは心の美へつながる。器を美しくすることで中身は美しくなる。つまり自分を変えることは勇気である。自由に生きて善を向かうことである。自分を転回させよ、自分の悪を善に転回させよ、この世の悪を転回させよ。
2026年4月4日