大きな人を造るために

宗教哲学者のスエデンボルグはキリスト教の教えから、神と結合して大きな社会を大きな人と共に造り直すこと、つまり創造者と創造された宇宙と連結することこそ人間の究極の用、すなわち使命と書いた。

仏教の教えを伝える『人生の帰趣』(山崎弁英著)には、「自己はその(大霊の)分子なれば大霊を離れて我なし。我は大我の分子なれば我を大霊に投帰没入してたちまち復活して大霊を本体となしたる我となるとき、不滅の霊となる」とある。ひとりひとりは大きな霊の部分であり、その部分となれることで真の自己回復をなしとげる。諸行無常(しょぎょうむじょう)の考えを根本におく仏教では、この世のものは絶えず変化し続ける、変化を受け入れて他者とつながり、慈悲の心を持てという。

どの宗教もおおよそ似たようなことを言っている。では「創造者とつながり、人や社会とつながり、善き大きな人間を造る」という使命のために、私たちはこの世で何をするべきか?それがあの世で大きな人を造る分子にいかにつながるのか?

答えは、この世でしたこと、考え続けたこと、やってきた好きなこと、挫折や努力、成功や失敗、懺悔や赦しなどの中にある。この世で生きてきた道の上に、あの世での用につながるものがある。

たとえば野球の大谷翔平なら、中学生高校生時代から思い描いた一流の自己像へ到達すること、「思いを実現する力」だろうか。たとえば棋士の藤井聡太なら誰よりも先を深く「読み抜く力」だろうか。ローリング・ストーンズのキース・リチャーズは昨日(2026年5月7日)のインタビューでこう語った。

「俺たちは、ただ座って“前にやったこと”について話していたいわけじゃないんだよ。『まだこの先に何かあるはずだ』って思うから、こうしてやり続ける。それが俺たちのやり方なんだ。とにかく俺たちは“作り上げる”ことが好きなんだよ。心からね。それに、いつだって“もう一歩先”があると思ってる」
(出典:uDiscovermusic

ことわざ「ローリング・ストーン(A rolling stone gathers no moss)」の原意は、転がる石には苔が生えぬだが、そのことわざ通りの生きざまを貫いて、80何歳まで音楽をやり続けてきたことこそ、この世とあの世をブリッジする力だろう。トランスジェンダーになった私は、男と女の間につまり人と人との間にある愛や苦悩、そして懺悔と光を伝えることだと思っている。
2026年5月8日

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