おやすみ前のヨガでは最後のアーサナで〝屍のポーズ〟シャバーサナをする。
呼吸をしっかりと体内にめぐらせようと意識すべし。足の裏から息を吸うことを意識して、吸った息を背骨から上体に上げて、おでこのところでいったん留めてから、体の各所に吹き込むように吐き出す。頭部、胴部、足、腕などに息が入るように意識する。眼が疲れているなら眼を、膝が痛いなら膝を意識するのもいい。すると、体の各所の痛みや体液の滞りがわかる。呼吸を繰り返しているうちに、〝顔〟が去来することがある。眼は閉じたままだから心の中の光景である。
顔は数秒ごとに、呼吸のたびに変化していく。先日のシャバーサナでは「悪い顔」が見えた。のっぺりとした顔に眼を吊り上げて微笑む、邪悪な顔だった。そういう時は「消えろ」と念ずる。悪い顔が消えると「良い顔」が見えた。良い顔は穏やかに微笑んでいる。自分の意識が投影する幻かもしれない。なんであれ、それらはすべて自分の顔である。自分の心のありかが生み出す幻燈のようなものだ。邪悪な顔も、善良な顔もすべて自分自身の投影だ。自分の中から生まれてくる。
ショーペンハウエルが『意志と表象の世界』で書いたように、世界は自分が見る表象(イメージ)でできている。自分が世界をどう見るのかに、すべてはかかっている。世界を悲観的なものとしてみれば住みにくく、生きにくい世界となる。楽観的なものとしてみれば、心穏やかになる。つらいものか楽しいものか、おのれが見る世界が自分の気分や性格をつくり、行動になり生き方を選ばせている。
つまりおのれの見る世界次第で世界観は一変しうる。これが哲学のひとつの到達点であるが、このことを理屈で考えてるうちは、見える世界は暗いままかもしれないし、明るく見えるのも一瞬かもしれない。
善い世界を見続けるためには霊能がいる。悪い生き方を脱して善い生き方へ自分を動かすために必要な能力が霊能である。自分を善い世界と交差させるために開発する能力である。オカルトではない、といってもほとんどの人は煙たがるのですが……誰にも備わっている能力を呼び起こすだけなのです。私はそれをヨガでやっているだけです。
自分の心の中のどの顔を見るかで世界は変えられる。おのれは世界を映す器。器を良くすることがすべてを決める。
2026年6月11日