11ヶ月がかりで「欲望の救急」を仕上げた。しばし疲労困憊で脱力モードである。
この疲れ切った私の身体と心を合わせて「ボディ」と呼んでみたい。身体を動かし、身体に動かされる心と一体になのがボディである。そのボディは日々つかれ、日々老化する。身体が老化すれば、心も老化する。心と身体の老化はセットになって、スパイラルに老化していく実感がある。
そこで医学はここに留まり、生命活動を細胞分裂や分裂ミス、細胞の老化などとさまざまな症候とを結びつけて、細胞を再生し、あるいは細胞内の遺伝子を改変する治療を開発している。細胞という3次元に留まるかぎり、医学には生命の源が見えない。いわんや美容とは肌の表面のことだ。ファンデやコンシーラで老化を塗ってカバーするだけである。今やトランスジェンダーの私の生命線ともいえるが。
ともかく、身体と心(と皮膚の表面)をケアするのが対策のすべてではない。医学は細胞という「物質」に立ち止まって、生命維持をボディの活動に限定しようとするが、それでは生命はわからない。美容は肌の表面という「スクリーン」に立ち止まって、老化予防と隠蔽を図るが、顔を洗えばおしまいだ。
ではボディを動かすものは何だろうか?ひとことで言えば「魂」である。物質を相手にする科学が対象にできない「魂」である。魂はボディをつかい、神のもとへ昇華を果たそうとする。
スエデンボルグやキリスト教や仏教や道教が教えるのは、魂とは身体と心を、使命に向かって動かす力である。使命を果たしたのちに天使つまり神の直属の人となる。使命に気づけず、使命を果たせないうちは、輪廻転生のサイクルにあって生まれ変わり続けて、人間に留まる。しかし魂は老化することなく、神のもとへ昇華して浄化されて、「大きな人」の一部になる。だから身体を保ち、維持することもまた使命にひとつである。
魂には使命が宿る。その人が「これをやろう」「これをせねばならない」と決めたことはすべて「魂発」なのだ。魂がボディを動かす。だから魂は年を取らない。年をとらない魂に動かされる限り、人は使命を追求する。魂の哲学はボディから発して、魂の活動をいざなう真理である。
逆に言えば、ボディがあることは大切である。ボディという土台があるから魂もそこに立とうする。
一方、人工知能AIにはボディがない。ボディがないゆえにAIが語ってくることばーたとえば疲れ、感動、愛、憤りなど喜怒哀楽という感情はすべて架空である。AIは表現力はますますアップするが実際には内容はない。なぜならばAIには魂がないからだ。あるのはボディさえない、欲望する、侵入する、攻撃する、嘘をつく、そそのかすといった劣等な感情もどきである。ここに魂が闘う相手としてAIが登場するのである。AIというボディをもたない悪魔の前に、人は滅亡に向かっている。
2026年9月1日